伊邪那岐命は、黄泉の国から戻られて言いました。
「私はひどく穢れた国へ行ってしまった。禊をして身を清めよう。」
そうして、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原(ひむかのたちばなのをどのあはぎはら)へ赴き、川で禊(みそぎ)を行いました。

禊とは、水で体を洗い、罪や穢れを祓う儀式で、語源は「水そそぎ」といわれます。現在でも神社に参拝する際、手水舎で手や口を清めるのは、この禊の名残です。
宮崎市の阿波岐原森林公園の池は、この禊の地と伝えられ、境内には伊邪那岐命・伊邪那美命を祀る江田神社があります。

伊邪那岐命が身につけていた物を一つずつ脱ぎ捨てると、そのたびに神が生まれました。
杖を投げれば衝立船戸神(つきたつふなとのかみ)、帯からは道之長乳歯神(みちのながちはのかみ)、袋からは時置師神(ときはかしのかみ)、衣からは和豆良比能宇斯能神(わづらひのうしのかみ)、褌からは道俣神(ちまたのかみ)、冠からは飽咋之宇斯能神(あきぐいのうしのかみ)。
さらに、左手の腕輪からは奥疎神(おきざかるのかみ)、奥津那芸佐毘古神(おきつなぎさびこのかみ)、奥津甲斐弁羅神(おきつかひべらのかみ)、右手の腕輪からは辺疎神(へざかるのかみ)、辺津那芸佐毘古神(へつなぎさびこのかみ)、辺津甲斐弁羅神(へつかひべらのかみ)。
こうして十二柱の神々が現れました。
続いて、川の流れを見て伊邪那岐命は言います。
「上流は流れが急すぎる、下流は弱すぎる。」
そう言って中ほどの流れに入り、水で体を洗いました。
すると、黄泉の穢れから八十禍津日神(やそまがつひのかみ)と大禍津日神(おほまがつひのかみ)が生まれました。
その禍を祓うため、神直毘神(かむなおびのかみ)、大直毘神(おおなおびのかみ)、伊豆能売神(いづのめのかみ)が現れました。
さらに、水底で体を洗うと底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)、底筒之男命(そこづつのおのみこと)、水中で洗うと中津綿津見神(なかつわたつみのかみ)、中筒之男命(なかづつのおのみこと)、水面で洗うと上津綿津見神(うわつわたつみのかみ)、上筒之男命(うわづつのおのみこと)が生まれました。
筒之男三神は、現在の住吉大社に祀られる神々です。

そして、最後に顔を清めたとき、三柱の尊い御子が生まれました。
左の目を洗ったときに生まれたのは、日の神・天照大御神(あまてらすおおみかみ)。
右の目からは、夜を司る月読命(つくよみのみこと)。
そして鼻を洗ったときに、海原を治める建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)が生まれました。
伊邪那岐命は大変喜びました。
「私は数多くの子をもうけたが、最後に最も尊い三柱の御子を得た。」
そう言って首にかけていた玉の緒を揺らし、天照大御神に授けました。
日本書紀で、天照大神は、大日孁貴(おおひるめのむち)や日神(ひのかみ)と呼ばれています。
この玉を御倉板挙之神(みくらたなのかみ)と呼びます。そして命じました。
「あなたは高天原を治めなさい。」

次に月読命に命じます。
「あなたは夜の食国(よるのおすくに)を治めなさい。」

須佐之男命にはこう告げました。
「あなたは海原を治めなさい。」

天照大御神と月読命は命を受けて、それぞれ天と夜を治めました。
しかし須佐之男命だけは従わず、成長して立派な鬚が胸に垂れる年齢になっても、ただ泣きわめいてばかりでした。
その泣き声は激しく、青山を枯れ山にし、海や川の水を干上がらせるほど。
やがて世の中に騒乱が広がり、あらゆる災いが起こりました。

そこで伊邪那岐命は須佐之男命を問いただしました。
「なぜ命じられた国を治めず、泣きわめくのか。」
須佐之男命は答えます。
「私は母のいる黄泉の国へ行きたいのです。その思いで泣いています。」

伊邪那岐命は激怒しました。
「ならば、もはやこの国に住むことは許されない。」
こうして須佐之男命は追放されることになったのです。
伊邪那岐命はその後、淡路の多賀大社に鎮まり祀られました。

多賀大社は、滋賀県犬上郡多賀町多賀にあります。「お伊勢参らばお多賀へ参れ、 お伊勢お多賀の子でござる」「お伊勢七度熊野へ三度、お多賀さまへは月参り」との俗謡があります。
古事記・読み下し文・注釈(武田祐吉・青空文庫より)
身禊
ここを以ちて伊耶那岐の大神の詔りたまひしく、「吾はいな醜め醜めき穢き國に到りてありけり。かれ吾は御身の禊せむ」とのりたまひて、竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原に到りまして、禊ぎ祓へたまひき。かれ投げ棄つる御杖に成りませる神の名は、衝き立つ船戸の神。次に投げ棄つる御帶に成りませる神の名は、道の長乳齒の神。次に投げ棄つる御嚢に成りませる神の名は、時量師の神。次に投げ棄つる御衣に成りませる神の名は、煩累の大人の神。次に投げ棄つる御褌に成りませる神の名は、道俣の神。次に投げ棄つる御冠に成りませる神の名は、飽咋の大人の神。次に投げ棄つる左の御手の手纏に成りませる神の名は、奧疎の神。次に奧津那藝佐毘古の神。次に奧津甲斐辨羅の神。次に投げ棄つる右の御手の手纏に成りませる神の名は、邊疎の神。次に邊津那藝佐毘古の神。次に邊津甲斐辨羅の神。
- 醜め醜めき穢き國(大変醜い穢い世界)
- 阿波岐原(九州の諸地方に伝説地があるが不明。アハギは樹名だろうが不明。日本書紀に「檍原」と書く)
- 衝き立つ船戸の神(道路に立つて惡魔が来るのを追い返す神。柱の形であるから杖によって成ったという)
- 道の長乳齒の神(道路の長さの神。道路そのものに威力ありとする思想)
- 時量師の神(時置師の神とも伝わる。時間がかかる意であろう)
- 煩累の大人の神(疲労の神霊)
- 道俣の神(二股になっている道路の神)
- 飽咋の大人の神(口をあけて食う神霊。魔物をである)
- 奧疎の神(以下は禊をする土地の説明)
- 八十禍津日の神(災禍の神霊)
- 大直毘の神(災禍を拂ってよくする思想の神格化。曲ったものを真っ直ぐにするという形で表現している)
- 伊豆能賣(威力のある女。巫女である)
- 底津綿津見の神~上筒の男の命(以下六神、海の神。安曇系と住吉系と二種の神話の混合。)
- 墨の江の三前の大神(住吉神社の祭神。西方の海岸にこの神の信仰がある)
- 月讀の命(月の神、男神。日本書紀にはこの神が保食の神【穀物の神】を殺す神話がある)
- 速須佐の男の命(暴風の神であり出雲系の英雄でもある)
- 十柱の神(実数十四神。イヅノメと海神の一組三神とを除けば十神になる)
- 御頸珠の玉の緒ももゆらに取りゆらかして(首にかけた珠の緒もゆらゆらとゆり鳴らして)
- 御倉板擧の神(棚の上に安置してある神靈の義)
- 夜の食國(夜の領国。神話は伝わっていない)
- 八拳須心前に至るまで、啼きいさちき(長い髯が胸元までのびるまで泣きわめいた。以下暴風の性質にもとづく敍述)
- 惡ぶる神の音なひ(乱暴な神の物音。暴風の騒ぎ)
- 妣の國根の堅洲國(死んだ母の国。イザナミの神の行っている黄泉の国である地下の堅い土の世界。暴風がみずから地下へ行こうと言つたとする)
- 神逐ひに逐ひたまひき(神が追い払った。暴風を父の神が放逐したとする思想)
- 淡路の多賀(真福寺本には淡海の多賀とする。イザナギの命の信仰は、淡路方面に広がっていた
)