古事記現代語訳(2)黄泉の国~三尊子誕生
黄泉の国
伊邪那美命は、すでに黄泉の国の御殿に着いていました。
そこへ夫の伊邪那岐命が、遠くから妻を探して訪ねてきたのです。

伊邪那美命は急いで戸口へ出て迎えました。

伊邪那岐命は呼びかけます。
「愛しい妻よ。お前と一緒に作った国は、まだ完成していない。どうかもう一度戻ってきてくれ」
伊邪那美命は残念そうに答えました。

「もっと早く迎えに来てくださればよかったのに。私はすでに黄泉の国の食べ物を口にしてしまいました。ですから、本来ならもう戻ることはできません。しかし、あなたがわざわざ来てくださったのですから、なんとかして戻りたいと思います。これから黄泉の国の神々に相談してまいります。その間、決して私の姿をのぞかないでくださいね」
そう言って御殿の奥へ入りましたが、なかなか戻ってきません。
長く待たされていた伊邪那岐命は、ついに我慢ができなくなり、髪に挿していた湯津爪櫛(ゆつつまぐし)という神聖な櫛の歯を一本抜き、それに火を灯して、御殿の中を照らしながら奥へと進みました。

しかし、そこにいた伊邪那美命の姿は、すでに変わり果てていました。
体は腐り、悪臭が立ち込め、蛆が群がりゴロゴロと音がして、さらに頭や胸、腹、手足には、八種類もの恐ろしい雷神がまとわりついていたのです。

伊邪那岐命は驚き、恐ろしくなって逃げ出しました。
そのとき伊邪那美命は起き上がり、
「私があれほど見るなと言ったのに!あなた、私に恥をかかせましたね。なんてひどい人なんでしょう!」

と激しく怒り出し、黄泉醜女(よもつしこめ)という恐ろしい鬼女たちを追っ手として差し向けました。

伊邪那岐命は逃げながら、髪に挿していた魔よけの黒い蔓を抜いて投げました。蔓は、植物を輪にしたものです。

するとそこから葡萄が生え、醜女たちはそれを食べるのに夢中になりました。

その隙に伊邪那岐命は逃げましたが、再び追いつかれてしまいました。今度は右の髪に挿していた櫛の歯を投げると、そこから筍が生え、醜女たちは、またそれを食べ始めました。
しかし、伊邪那美命の体から生まれた雷神たちが、さらに黄泉の軍勢を率いて伊邪那岐命を追ってきました。

伊邪那岐命は剣を抜いて振り回しながら必死に逃げ、ようやく黄泉と現世の境にある黄泉比良坂(よもつひらさか)へとたどり着きました。
そこには桃の木がありました。

伊邪那岐命はその実を三つ取って投げつけると、雷神や鬼たちは驚いて逃げ去りました。
伊邪那岐命はその桃に向かって言いました。
「私を救ってくれたように、今度は葦原中国(あしはらのなかつくに)の人々が苦しむのを救ってやってくれ。」
こうして桃には「意富加牟豆美命(おおかむづみのみこと)」という神名が与えられたのです。

それでもなお伊邪那美命は追ってきました。そこで伊邪那岐命は、千引の岩という巨大な岩を動かし、坂の出入口をふさいでしまいました。
夫婦はその巨岩を挟んで最後の言葉を交わします。
伊邪那美命は叫びました。
「夫よ、私は、一日に千人を殺してみせましょう!」
伊邪那岐命は答えました。
「妻よ、ならば私は、一日に千五百の産屋を建ててみせよう!」
この誓いによって、人は一日に必ず千人が死に、千五百人が生まれるようになったのです。
こうして伊邪那美命は黄泉津大神(よもつおおかみ)とも呼ばれるようになり、また伊邪那岐命に「追いついた(及んだ)」ことから、道及大神(ちしきのおおかみ)といった名でも祀られるようになりました。

さらに、黄泉の国の出入口をふさいだ千引の岩は、道返大神(ちがえしのおおかみ)、または、黄泉戸大神(よみどのおおかみ)と呼ばれています。
黄泉比良坂は、今の出雲国の伊賦夜坂(いぶやざか)だと伝えられています。

禊で三尊子誕生
伊邪那岐命は、黄泉の国から戻られて言いました。
「私はひどく穢れた国へ行ってしまった。禊をして身を清めよう」
そうして、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原(ひむかのたちばなのをどのあはぎはら)へ赴き、川で禊(みそぎ)をしました。

伊邪那岐命が身につけていた物を一つずつ脱ぎ捨てると、そのたびに神が生まれました。
杖を投げれば衝立船戸神(つきたつふなとのかみ)、帯からは道之長乳歯神(みちのながちはのかみ)、袋からは時置師神(ときはかしのかみ)、衣からは和豆良比能宇斯能神(わづらひのうしのかみ)、褌からは道俣神(ちまたのかみ)、冠からは飽咋之宇斯能神(あきぐいのうしのかみ)が生まれ、
さらに、左手の腕輪からは奥疎神(おきざかるのかみ)、奥津那芸佐毘古神(おきつなぎさびこのかみ)、奥津甲斐弁羅神(おきつかひべらのかみ)、右手の腕輪からは辺疎神(へざかるのかみ)、辺津那芸佐毘古神(へつなぎさびこのかみ)、辺津甲斐弁羅神(へつかひべらのかみ)生まれました。
こうして十二柱の神々が現れました。
そして、川の流れを見て伊邪那岐命は言いました。

「上流は流れが急すぎる、下流は弱すぎる」
そう言って中ほどの流れに入り、水で体を洗いました。
すると、黄泉の穢れから八十禍津日神(やそまがつひのかみ)と大禍津日神(おほまがつひのかみ)が生まれました。
その禍を祓うため、神直毘神(かむなおびのかみ)、大直毘神(おおなおびのかみ)、伊豆能売神(いづのめのかみ)が現れました。
さらに、水底で体を洗うと底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)と底筒之男命(そこづつのおのみこと)、水中で洗うと中津綿津見神(なかつわたつみのかみ)と中筒之男命(なかづつのおのみこと)、水面で洗うと上津綿津見神(うわつわたつみのかみ)と上筒之男命(うわづつのおのみこと)が生まれました。
これら筒之男の三神は、住吉大社に祀られる神々です。

そして、最後に顔を清めたときに、三柱の尊い御子が生まれました。

左の目を洗ったときに生まれたのは、日の神・天照大御神(あまてらすおおみかみ)。
右の目からは、夜を司る月読命(つくよみのみこと)。
そして鼻を洗ったときに、海原を治める建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)が生まれました。

伊邪那岐命は大変喜びました。
「私は多くの子をもうけたが、最後に最も尊い三柱の御子を得た」
そう言って首にかけていた玉の緒を揺らし、天照大御神に授けました。
この玉を御倉板挙之神(みくらたなのかみ)と呼びます。そして女神に命じました。
「おまえは高天原を治めなさい。」

次に月読命に命じます。
「おまえは夜の食国(よるのおすくに)を治めなさい」

そして最後に、須佐之男命にこう告げました。
「おまえは海原を治めなさい」

天照大御神と月読命は命を受けて、それぞれ天と夜を治めました。
しかし須佐之男命だけは従わず、成長して鬚が胸に垂れるほどの年になっても、ひたすら泣きわめくばかりでした。
その泣き声は、青山を枯れ山にし、海や川の水を干上がらせるほど激しいものでした。
やがて世の中に騒乱が広がり、あらゆる災いが起こりました。

そこで伊邪那岐命は須佐之男命を問いただしました。
「おまえはなぜ、私が決めた国を治めず、いつまでもそんなに泣きわめいているのだ?」
「私は母のいる黄泉の国へ行きたいのです。だから泣いているのです」

それを聞いた伊邪那岐命は激怒しました。
「だったら、もうこの国に住むことは許さないぞ!」

こうして須佐之男命は、追放されることになったのです。
伊邪那岐命はその後、淡路の多賀大社に鎮まり、祀られました。
古事記・読み下し文・注釈(武田祐吉・青空文庫より)
黄泉の国
ここに殿の縢戸より出で向へたまふ時に、伊耶那岐の命語らひて詔りたまひしく、「愛しき我が汝妹の命、吾と汝と作れる國、いまだ作り竟へずあれば、還りまさね」と詔りたまひき。ここに伊耶那美の命の答へたまはく、「悔しかも、速く來まさず。吾は黄泉戸喫しつ。然れども愛しき我が汝兄の命、入り來ませること恐し。かれ還りなむを。しまらく黄泉神と論はむ。我をな視たまひそ」と、かく白して、その殿内に還り入りませるほど、いと久しくて待ちかねたまひき。かれ左の御髻に刺させる湯津爪櫛の男柱一箇取り闕きて、一つ火燭して入り見たまふ時に、蛆たかれころろぎて、頭には大雷居り、胸には火の雷居り、腹には黒雷居り、陰には拆雷居り、左の手には若雷居り、右の手には土雷居り、左の足には鳴雷居り、右の足には伏雷居り、并はせて八くさの雷神成り居りき。
- 殿の縢戸(宮殿の閉してある戸。殿の騰戸【あがりど】とする伝えもある)
- 黄泉戸喫(黄泉の国の火で作った食物を食ったので黄泉の人となってしまった。同一の火による団結の思想である。)
- 湯津爪櫛(髮を左右に分けて耳の辺で輪にする。それにさした神聖な櫛。櫛は竹で作り。魔よけとして女が挿してくれる。)
- 蛆たかれころろぎて(蛆がわいてゴロゴロ鳴って。トロロギテとする伝えがあるが誤り)
ここに伊耶那岐の命、見畏みて逃げ還りたまふ時に、その妹伊耶那美の命、「吾に辱見せつ」と言ひて、すなはち黄泉醜女を遣して追はしめき。ここに伊耶那岐の命、黒御鬘を投げ棄てたまひしかば、すなはち蒲子生りき。こを摭ひ食む間に逃げ行でますを、なほ追ひしかば、またその右の御髻に刺させる湯津爪櫛を引き闕きて投げ棄てたまへば、すなはち笋生りき。こを拔き食む間に、逃げ行でましき。また後にはかの八くさの雷神に、千五百の黄泉軍を副へて追はしめき。ここに御佩の十拳の劒を拔きて、後手に振きつつ逃げ來ませるを、なほ追ひて黄泉比良坂の坂本に到る時に、その坂本なる桃の子三つをとりて持ち撃ちたまひしかば、悉に逃げ返りき。ここに伊耶那岐の命、桃の子に告りたまはく、「汝、吾を助けしがごと、葦原の中つ國にあらゆる現しき青人草の、苦き瀬に落ちて、患惚まむ時に助けてよ」とのりたまひて、意富加牟豆美の命といふ名を賜ひき。最後にその妹伊耶那美の命、身みづから追ひ來ましき。ここに千引の石をその黄泉比良坂に引き塞へて、その石を中に置きて、おのもおのも對き立たして、事戸を度す時に、伊耶那美の命のりたまはく、「愛しき我が汝兄の命、かくしたまはば、汝の國の人草、一日に千頭絞り殺さむ」とのりたまひき。ここに伊耶那岐の命、詔りたまはく、「愛しき我が汝妹の命、汝然したまはば、吾は一日に千五百の産屋を立てむ」とのりたまひき。ここを以ちて一日にかならず千人死に、一日にかならず千五百人なも生まるる。
- 黄泉醜女(黄泉の国の見にくい化け物の女)
- 黒御鬘(植物を輪にして魔よけとして髮の上にのせる)
- 蒲子(山葡萄)
- 笋(筍)
- 黄泉比良坂(黄泉の国の入口にある坂。黄泉の国に向って下る。墳墓の構造からきている)
- 青人草(現実にある人間)
- 事戸を度す時(日本書紀には「絶妻の誓」とある。言葉で戸を立てる。別れの言葉をいう)
かれその伊耶那美の命に號けて黄泉津大神といふ。またその追ひ及きしをもちて、道敷の大神ともいへり。またその黄泉の坂に塞れる石は、道反の大神ともいひ、塞へます黄泉戸の大神ともいふ。かれそのいはゆる黄泉比良坂は、今、出雲の國の伊賦夜坂といふ。
- 道敷の大神(道路を追いかける神)
- 伊賦夜坂(島根県八束郡)
身禊
ここを以ちて伊耶那岐の大神の詔りたまひしく、「吾はいな醜め醜めき穢き國に到りてありけり。かれ吾は御身の禊せむ」とのりたまひて、竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原に到りまして、禊ぎ祓へたまひき。かれ投げ棄つる御杖に成りませる神の名は、衝き立つ船戸の神。次に投げ棄つる御帶に成りませる神の名は、道の長乳齒の神。次に投げ棄つる御嚢に成りませる神の名は、時量師の神。次に投げ棄つる御衣に成りませる神の名は、煩累の大人の神。次に投げ棄つる御褌に成りませる神の名は、道俣の神。次に投げ棄つる御冠に成りませる神の名は、飽咋の大人の神。次に投げ棄つる左の御手の手纏に成りませる神の名は、奧疎の神。次に奧津那藝佐毘古の神。次に奧津甲斐辨羅の神。次に投げ棄つる右の御手の手纏に成りませる神の名は、邊疎の神。次に邊津那藝佐毘古の神。次に邊津甲斐辨羅の神。
- 醜め醜めき穢き國(大変醜い穢い世界)
- 阿波岐原(九州の諸地方に伝説地があるが不明。アハギは樹名だろうが不明。日本書紀に「檍原」と書く)
- 衝き立つ船戸の神(道路に立つて惡魔が来るのを追い返す神。柱の形であるから杖によって成ったという)
- 道の長乳齒の神(道路の長さの神。道路そのものに威力ありとする思想)
- 時量師の神(時置師の神とも伝わる。時間がかかる意であろう)
- 煩累の大人の神(疲労の神霊)
- 道俣の神(二股になっている道路の神)
- 飽咋の大人の神(口をあけて食う神霊。魔物をである)
- 奧疎の神(以下は禊をする土地の説明)
- 八十禍津日の神(災禍の神霊)
- 大直毘の神(災禍を拂ってよくする思想の神格化。曲ったものを真っ直ぐにするという形で表現している)
- 伊豆能賣(威力のある女。巫女である)
- 底津綿津見の神~上筒の男の命(以下六神、海の神。安曇系と住吉系と二種の神話の混合。)
- 墨の江の三前の大神(住吉神社の祭神。西方の海岸にこの神の信仰がある)
- 月讀の命(月の神、男神。日本書紀にはこの神が保食の神【穀物の神】を殺す神話がある)
- 速須佐の男の命(暴風の神であり出雲系の英雄でもある)
- 十柱の神(実数十四神。イヅノメと海神の一組三神とを除けば十神になる)
- 御頸珠の玉の緒ももゆらに取りゆらかして(首にかけた珠の緒もゆらゆらとゆり鳴らして)
- 御倉板擧の神(棚の上に安置してある神靈の義)
- 夜の食國(夜の領国。神話は伝わっていない)
- 八拳須心前に至るまで、啼きいさちき(長い髯が胸元までのびるまで泣きわめいた。以下暴風の性質にもとづく敍述)
- 惡ぶる神の音なひ(乱暴な神の物音。暴風の騒ぎ)
- 妣の國根の堅洲國(死んだ母の国。イザナミの神の行っている黄泉の国である地下の堅い土の世界。暴風がみずから地下へ行こうと言つたとする)
- 神逐ひに逐ひたまひき(神が追い払った。暴風を父の神が放逐したとする思想)
- 淡路の多賀(真福寺本には淡海の多賀とする。イザナギの命の信仰は、淡路方面に広がっていた
)















