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古事記現代語訳

古事記現代語訳(17)邇邇芸命と木花咲耶比売

邇邇芸命が笠沙の岬を歩いておられたとき、美しい乙女に出会われました。

「おまえはどなたの娘か?」とお尋ねになると、その乙女は静かに答えました。

「私は大山津見神の娘、木花佐久夜比売と申します」

「兄弟はいるのか?」とさらに尋ねられると、

「はい、姉に石長比売がおります」と申しました。

そこで邇邇芸命は、

「私はおまえを妻に迎えたいと思う。どうだろうか?」とおっしゃいました。

木花佐久夜比売は恥じらいながら、

「私の一存では申し上げられません。父の大山津見神にお尋ねください」と答えました。

邇邇芸命が大山津見神に申し入れられると、神は大いに喜び、木花佐久夜比売に多くの贈り物を持たせ、さらに姉の石長比売を添えて送り出しました。

しかし、石長比売の容姿が気に入らなかった邇邇芸命は彼女を受け入れられず、そのまま父のもとにお返しになり、妹の木花佐久夜比売だけを妻とされました。

これを大山津見神は深く恥じ、使いを通してこう告げました。

「私が二人を共に差し上げたのは理由があったのです。石長比売をお使いになれば、天孫の命は風雪にさらされても岩のように永遠に堅固でありましょう。木花佐久夜比売をお使いになれば、その名の通り花のように栄えるでしょう。しかし今、石長比売を返された以上、天孫の寿命は花のようにはかなく、永遠ではなくなりましょう」と。

こうして、天皇の寿命が限られるようになったと伝えられています。

やがて木花佐久夜比売は身ごもり、邇邇芸命に申し上げました。

「私は子を宿しました。これは天孫のお子ですから、勝手に産むわけにはまいりません」

しかし邇邇芸命は、

「たった一夜で身ごもったとは、もしや他の神の子ではないか」と疑いました。

木花佐久夜比売は毅然として答えました。

「もし私が別の神の子を宿したのなら、決して無事に産むことはできないでしょう。けれど天孫のお子であるなら、必ず無事に産まれるはずです」

そう言うと、入口のない家を建てて中に入り、粘土で隙間をすべて塗り固め、火を放って燃え盛る炎の中で出産しました。

火が最も勢いを増したときに生まれたのが火照命(ほでりのみこと)で、隼人の祖とされます。

次に火須勢理命(ほすせりのみこと)、そして末の子として火遠理命(ほおりのみこと)が生まれました。

木花佐久夜比売は炎の中でも無事に三柱の御子を産み、自ら清廉潔白を証明したのです。

静岡県富士宮市の富士山本宮浅間大社には、火中で出産した木花佐久夜比売が祀られ、子宝、安産にご利益があるとされています。

これは富士山の噴火を鎮めるための神社でもあり、全国の1300社の浅間神社の総本宮です。

また宮崎県西都市の西都原古墳群には、邇邇芸命と木花佐久夜比売の陵墓とされる男狭穂塚(おさほづか)と女狭穂塚(めさほづか)があります。