ある時、雄略天皇は葛城山にお登りになりました。
その折、お供の人々には、みな赤い紐を付けた青摺(あおずり)の装束を賜い、揃って身に着けていました。
ところが、ふと遠くの山の尾根を見やると、そこにも立派な行列があり、従者たちも同じく赤い紐の青摺の衣をまとい、まるで天皇のご行列と寸分違わぬ姿で進んでいるのが見えました。
天皇は怪しんで人を遣わし、声をかけさせました。
「この日本の国には、私を除いて君主はないはずだ。それなのに我らと同じ姿で従者を率いるとは、いったい何者か?」
すると向こうからも、まったく同じ言葉を返してきました。
天皇は激しくお怒りになり、弓に矢をつがえました。
お供の者たちも皆矢を番えます。
すると、相手方もまた矢を構えて応じました。
その緊迫した中、天皇は声を放たれました。
「よい、それならば互いに名を名乗り合い、名乗った上で矢を放とう!」
すると向こうから声が返りました。
「私が先に答えよう。私は悪しきことにも一言、善きことにも一言で示す神、葛城の一言主大神(ひとことぬしのおおかみ)である」
これを聞いた雄略天皇は、驚き恐れ、すぐに矢を収めて拝し申されました。
「恐れ多いことです。まさか大神が、御姿を現されるとは思いもよりませんでした」
そして大刀や弓矢をはじめ、従者たちが着ていた青摺の衣まですべて脱がせて献じ、伏し拝みました。
一言主大神は大いに喜び、手を打ってその贈り物をお受けになりました。
その後、雄略天皇が山を下られる際には、一言主大神みずから山の麓に至り、はるばる長谷(はつせ)の山口までお見送りになったと伝えられています。