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古事記現代語訳

古事記現代語訳(55)雄略天皇⑥春日袁杼比売と三重采女

雄略天皇は、丸邇佐都紀臣(わにのさつきのおみ)の娘、春日の袁杼比売(をどひめ)を皇后とするため春日へ赴かれた折、道で袁杼比売と出会われました。

しかし比売は恥じらい、岡のあたりまで逃げ隠れました。

そこで天皇は歌を詠まれました。

「丈夫な鋤がたくさんあればよいのに。あの乙女の隠れている岡の土を掘り払ってしまえるのに」

この歌にちなみ、その岡を「金鋤岡(かなすきのおか)」と名付けられました。

春日は、奈良市春日野町の春日大社あたりのこと。

金鋤岡の場所は特定されていません。

また、雄略天皇は長谷百枝槻(ももえつき)という大きな欅(けやき)の木の下で、新嘗祭豊楽(とよのあかり)の酒宴を催されました。

そこに伊勢出身の三重采女(みえのうねめ)という女官が、天皇にお酒を奉りました。すると、けやきの葉が一枚、盃に落ちましたが、采女はそれに気づかずそのまま注ぎ続けました。

天皇はその葉に目をとめ、怒って采女を打ち伏せ、刀を抜いて首を斬ろうとなさいました。

すると采女は願い出て、次のような長歌を詠みました。

纏向の日代宮(ひしろのみや)は朝日も夕日も射し渡る、堅固な地に建つ檜の大宮殿。外には欅が繁り、その上の枝は天を覆い、中の枝は東国を覆い、下の枝は田舎の地を覆っています。それぞれの枝の葉は触れ合い、やがて私、着物を三重に着ている、三重の伊勢から来た娘の捧げる盃に浮かびました。それは天地創成の折、大地が油のように漂っていたさまを思わせます。水音もコオロコロロと、誠にめでたいことでございます、尊い日の御子様」

この歌に感服された天皇は采女をお許しになりました。

雄略天皇は、大悪天皇と有徳天皇という二つの評価を持っています。

長谷は、奈良県桜井市初瀬。

百枝槻は、葉が繁った欅。

新嘗祭は、「新」は新穀(しんこく)を「嘗」はお召し上がりいただくことを意味し、収穫された新穀を神に奉るお祀りのことです。現在、11月23日に伊勢神宮をはじめ、全国の神社で行われています。

豊楽は、豊明節会 (とよのあかりのせちえ)ともいい、大嘗祭や新嘗祭ののちに行われる饗宴のことです。

采女は、平安時代初頭までの官職で、天皇や皇后のお食事など身の回りの庶事を専門に行っていた女官のこと。地方の豪族の女子を召し出して宮廷に奉仕させていました。

纏向の日代の宮は、景行天皇の宮ですが、単純な間違いだとか、もともとは景行天皇を称える歌だったとか、諸説あります。

これを喜んだ皇后・若日下王(わかくさかのおおきみ)も歌をお詠みになりました。

大和の高市郡(たかいちごおり)の高台、天皇が新穀をおあがりになる御殿に生え繁る神聖な椿の葉のように大きく広い心を持ち、その花のように美しく輝いておられる天皇が、采女をお許しくださいました。この尊い日の御子さま讃え、盃を奉りなさい」

さらに雄略天皇も愉快げにお歌いになりました。

「宮廷に仕える人々は鶉(うずら)のように頭巾をつけ、鶺鴒(せきれい)のように尾を振り合い、雀のように群がって、今日もまた盛んに酒宴をしている。すばらしい宮廷の人たちは」

こうして宴は大いに賑わい、采女は罪を許されただけでなく多くの贈り物を得て喜びました。

この日、春日の袁杼比売も御酒を奉りました。そのとき天皇は歌われました。

「水の滴るように美しい乙女が銚子を持っている。しっかり持っておくれ、力を込めて、銚子を持つ乙女よ」

袁杼比売も歌を奉りました。

「天下を統べる天皇よ。朝にも夕にも寄りかかられる脇息(きょうそく)、その下の板のように、私はいつも陛下を支え申したい」

雄略天皇はその後、御年百二十四歳で崩御され、御陵は河内の多治比(たじひ)の高鸇(たかわし)に営まれました。

大和の高市郡は、奈良県高市郡、現在、高取町と明日香村があります。

脇息とは、座った時にひじを掛け、身体をもたせかけて休息するために使う道具のこと。現在でも将棋の対局などに使われています。

河内の多治比の高鸇は、大阪府羽曳野市島泉の高鷲丸山古墳(たかわしまるやまこふん)だとされています。墳形は円形。直径約75メートル。

埼玉県行田市の稲荷山古墳から出土した鉄剣には「獲加多支鹵(わかたける)大君」との銘が刻まれており、大長谷若建命、つまり雄略天皇が日本列島の広大な範囲を支配していたことを示しています。

古事記・読み下し文・注釈(武田祐吉・青空文庫より)

春日の袁杼比賣と三重の

また天皇、丸邇わに佐都紀さつきの臣が女、袁杼をど比賣をよばひに、春日にいでましし時、媛女をとめ、道に逢ひて、すなはち幸行いでましを見て、岡邊をかびに逃げ隱りき。かれ御歌よみしたまへる、その御歌、

孃子をとめの いかくる岡を
金鉏かなすきも 五百箇いほちもがも
鉏きぬるもの。  (歌謠番號一〇〇)
かれその岡に名づけて、金鉏かなすきの岡といふ。
また天皇、長谷の百枝槻ももえつきの下にましまして、豐のあかりきこしめしし時に、伊勢の國の三重のうねめ大御盞おほみさかづきを捧げて獻りき。ここにその百枝槻の葉落ちて、大御盞に浮びき。その、落葉の御盞みさかづきに浮べるを知らずて、なほ大御酒獻りけるに、天皇、その御盞に浮べる葉を看そなはして、そのを打ち伏せ、御佩刀はかしをその頸に刺し當てて、斬らむとしたまふ時に、その、天皇に白して曰さく、「吾が身をな殺したまひそ。白すべき事あり」とまをして、すなはち歌ひて曰ひしく
纏向まきむくの 日代ひしろの宮は、
朝日の 日る宮。
夕日の 日がける宮。
竹の根の 根足ねだる宮
の 根蔓ねばふ宮。
八百土やほによし 杵築きづきの宮
さく 日の御門、
新嘗屋にひなへやに 生ひてる
 つきは、
は 天をへり。
中つ枝は あづまを負へり
下枝しづえは ひなを負へり。
の 末葉うらば
中つ枝に 落ち觸らばへ
中つ枝の 枝の末葉は
しもつ枝に 落ち觸らばへ、
しづ枝の 枝の末葉は
ありぎぬ 三重の子が
ささがせる 瑞玉盃みづたまうき
浮きしあぶら 落ちなづさひ
みなこをろこをろに
こしも あやにかしこし。
高光る 日の御子。
事の 語りごとも こをば。  (歌謠番號一〇一)
かれこの歌を獻りしかば、その罪を赦したまひき。

 

  • 春日(和邇氏の居住地で、奈良市の東部)
  • 金鉏も 五百箇もがも(金属の鋤もたくさんほしい)
  • 百枝槻(枝の繁った槻の木)
  • 伊勢の國の三重の(伊勢の国の三重の地から出た采女。ウネメは、地方の豪族の女子を召し出して宮廷に奉仕させる。後に法制化される)
  • 纏向の 日代の宮(景行天皇の皇居。長谷の朝倉の宮とは、離れている。この歌は歌曲の歌で、その物語を雄略天皇の事として取り上げたものだろう)
  • 根足る宮(根の張っている宮)
  • 八百土よし(枕詞。たくさんの土)
  • 杵築の宮(杵でつき堅めた宮)
  • 新嘗屋(新穀で祭をする家屋)
  • (枝が茂って充実している)
  • を負へり(東方を背負っている)
  • 落ち觸らばへ(続いて触れている)
  • ありの 三重の子が(枕詞。そこにある衣の三重と修飾する)
  • 瑞玉盃(ミヅは生気のある。美しい盃)
  • 浮きし 落ちなづさひ(浮いた脂のように落ち漂って。ナヅサヒは、水を分ける)
  • こをろこをろに(水がごろごろして。この数句、天地の初発の神話に見える句で、その神話の伝え手との関係を思わせるものがある)
  • こをば(この事をば。この通りです)
ここに大后の歌よみしたまへる、その御歌、
やまとの この高市たけち
小高こだかる いち高處つかさ
新嘗屋にひなへやに 生ひてる
葉廣はびろ ゆつま椿つばき
そが葉の 廣りいまし、
その花の 照りいます
高光る 日の御子に、
豐御酒とよみき 獻らせ
事の 語りごとも こをば。  (歌謠番號一〇二)
すなはち天皇歌よみしたまひしく、
ももしきの 大宮人おほみやひとは、
鶉鳥うづらとり  領布ひれ取り掛けて
鶺鴒まなばしら 尾行き合へ
庭雀にはすずめ、うずすまり居て
今日もかも さかみづくらし
高光る 日の宮人。
事の 語りごとも こをば。  (歌謠番號一〇三)
この三歌は、天語あまがたりなり。かれとよあかりに、その三重のを譽めて、物さはに給ひき。
この豐の樂の日、また春日の袁杼比賣をどひめが大御酒獻りし時に、天皇の歌ひたまひしく、
水灌みなそそ おみ孃子をとめ
秀罇ほだり取らすも
秀罇取り 堅く取らせ。
下堅したがたく 彌堅やがたく取らせ。
秀罇取らす子。  (歌謠番號一〇四)
こは宇岐うきなり。ここに袁杼比賣、歌獻りき。その歌、
やすみしし 吾が大君の
朝戸あさとには い倚りたし、
夕戸には い倚りたす
脇几わきづきが 下の
板にもが。吾兄あせを。  (歌謠番號一〇五)
こは志都しづなり。
天皇、御年、一百二十四歳ももちまりはたちよつ(己巳の年八月九日崩りたまひき。)御陵は河内かふち多治比たぢひ高鸇たかわしにあり。

 

  • 大后(皇后)
  • 高市(高いところ)
  • 高處(市の高み)
  • 獻らせ(奉るの敬語の命令形)
  • 鶉鳥(比喩による枕詞。鶉は頭から胸にかけて白い斑があるので、領布をかけるに冠する)
  • 領布(ヒレは、白い織物で女子が首にかける。これを振ることによって威力が発生する)
  • 鶺鴒(比喩。セキレイ)
  • 庭雀(比喩による枕詞)
  • みづくらし(酒宴をするらしい)
  • 天語(歌曲の名)
  • 水灌(枕詞。オミ【大きい水、海】に冠する)
  • 秀罇取らすも(たけの高い酒瓶をお取りになる)
  • 宇岐(歌曲の名。酒盃の歌の意)
  • 朝戸(朝の御座)
  • 脇几(よりかかる机、脇息)
  • 吾兄(はやし詞)
  • 志都(歌曲の名)
  • 河内多治比高鸇(大阪府南河内郡)